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2018年3月11日日曜日

家族だからこその喧嘩

母の看取り看護が始まって4日目。家族だから、遠慮もないし、今まで離れていた家族が、20年近くぶりに一緒に生活する上に、お母さんの介護の疲れ。喧嘩三昧。
でも、今日、涙ながらに、抱きついて仲直りしている、お父さんと妹を見て、やはり、家族だなあと思った。家族っていい。こうやって、1人1人、自分の家族がいなくなっていくのは、悲しい現実。最後に生きている時のお母さんを見てもらいたくて、子供達を呼び寄せた。若い力って凄い!喧嘩もしなくなったし、お互いに思いやりを持つようになったし、家族の絆が深まった。お母さんが、結びつきを強くしてくれた。ありがとう。

2018年3月2日金曜日

長女であるということ

自分も結婚し、子供も生まれ、新しい家族を築いて、今の家族が自分の家族になっていた。そしたら、お母さんの看病で昔の家族にまた引き戻されている。
お姉ちゃんと呼ばれ、元の家族4人で、お母さんが旅立って行くのだろう。
昔懐かしの家族で。

お母さんの看取り準備

お母さんとの別れが近づいている。
自宅で看取り看護準備のための、オムツ交換と痰の吸入の仕方を看護師さんから、教えてもらった。お母さんのお尻は真っ赤に爛れて、痛々しかった。床ずれもできていて、かわいそうだった。痰の吸入のチューブも口に入れると、とても痛い顔をしたので、涙で見てられなかったし、出来る自信もなかった。人が老いて亡くなっていくのは、怖くて悲しい。お父さんもいずれ、こんな姿になって、また同じ思いをするのかと思うとたまらない。

2016年12月21日水曜日

青春だー

今日は高校1年生の長男の懇談会。
部活が忙しいせいもあり、成績が思いっきり下降中。
このまま、部活を続けていてもいいのか親は迷っている中、
本人は続けたいと言うので様子を見ているのですが、
担任の先生からは何を言われるのだろうと憂鬱なまま、
校舎の窓から校庭を見て、長男の姿を探していた。
すると、長男は陸上部の長距離の子たち5、6人と学校の
周りを走っていた。
テニス部、ハンドボール、サッカー、野球、陸上部が
それぞれに活動していて、ぼーっと見ていたのですが、
みんなキラキラして青春だなーと思いました。
こんな素敵な空間にいられるチャンスは高校生の今しかない。
この場所を長男から奪うことはできないなーと。
浪人してもいいじゃないか。
長い人生のたったの1年間。
それよりも今のこの青春を満喫してもらいたい。
ただ、学校で勉強するだけの往復では味気ないなと。
羨ましいなと青春の空気を思いっきり吸い込みました。

2016年10月19日水曜日

人のあたたかさ

私はノルバデックスという薬を毎日飲んでいるので、子宮体がんの検査は毎年受けなくてはなりません。
しかし、この検査、結構痛くて毎年気が重いです。
全回は、あまりの痛さに気分が悪くなり、血圧が下がり、しばらく病院で寝る羽目になりました。そのトラウマもあり、憂鬱なまま検査に向かいました。

いつものように、先生の診察が終わり、あの台に乗り、覚悟を決めて、肘掛をギュッと握っていたら、看護師さんがやって来て、わたしのその手を握ってくださり、肩をポンポンと叩きながら、優しく、ちょっと我慢してねーと言ってくれた。そのおかげか今回は全然痛くなくて、思わぬ人のあたたかさに触れ、泣きそうになりました。

人の手の温もりをこんなに有り難く感じたことはありませんでした。いつか、私もその手の温もりを誰かに差し伸べようと思いました。

2016年3月10日木曜日

長男の高校受験

長男の高校受験が無事に終了しそうです。

公立高校の面接日当日の朝、38.5度も発熱し、パニックになりました。
高熱の割には比較的元気だったので、解熱剤を飲ませ、別室面接になりました。
親は部屋に集められ、待機していたのですが、最初は誰も話さずに重苦しい空気で耐えられないと思っていたが、隣になった人に話しかけたら、意気投合し、楽しいひと時を過ごすことができました。こんな時に良い縁に恵まれたなと話し、できれば、また入学後に会いたいですねと言っていただきましたが、ここは第二希望の高校だったので、なんとも言えず。でも、ありがたかったです。保健室受験って暗い感じかと思いきや、みなさん、淡々とされていて、子供達もみんなわりと元気でした。この高校で、20人も別室受験でし
た。

でも、二日後には本命の高校受験。
その日の夕方に病院に行くと、インフルエンザではないと言われ、ほっとした。
顔見知りの看護師さんが、「先生、明後日、テストなんですよ」と言ってもらえて、
先生も念の為、インフルエンザ予防で、リレンザを処方しておくよと言われ、今日からリレンザも吸入することになった。
そのおかげで、試験日当日は、熱も下がり、体調もほぼ万全で挑むことができた。

しかし、咳が残っていたこともあり、中学校の先生から、別室受験を薦められたこともあり、別室受験に。
車で送っている途中で、道に迷い、近くにいた女性に道を尋ねたら、快く教えてくださり、受験を悟ってか、温かい目で長男を称えてくれたように思えた。ありがたかったです。

無事に高校につき、案内してくれた先生もとても感じが良く、安心しました。
車で帰り際、中学校の一年生の時、担任だった先生が来られてて、心配で来てくれたんだと思いました。

いろんな人の助けがあって、今日の日を無事に迎えることができたのだと思い、涙が出てきました。最初の高校で出会ったお母さん、病院の看護師さんと先生、道を教えてくれた女性、中学校の先生、ありがとうございました。

2016年2月3日水曜日

ねぼうから始まった入学式

次男の入学式。
朝、起きたら8時だった。式には、8時45分に集合。ひえー、もう、ご飯も食べる時間がない!

入学式だから、この日の為に新しいスーツを買ったのに、バタバタと着て、バタバタと出かけた。

次男が、ママ、裸足で行くの?靴下履かないの?とストッキング姿を見たことない次男は可愛い事を聞いてきたけど、それに答える余裕はなく、バタバタと出かけた。

入学式そうそう、遅刻はまずい。
どうにか間に合ったが、せっかく苦労して入った中学校なのだから、入学式の余韻を
楽しみながら行きたかったよ。
記念写真も寝起き顔で残念。


長男高校受験

今日はいよいよ長男の私立高校受験。
連続3日間。
難関校と滑り止めと中堅の滑り止めの3校。

インフルエンザが大流行りで、次男が学年閉鎖。
なのに、今日、次男は受験するお兄ちゃんを尻目に
名古屋に行ってクラス仲間と映画見て、カラオケ行って、ゲーセン行ってと
遊びまくりの計画。自宅待機になってるのに。
インフルエンザを持ち込まれると困ると思いつつ、楽しみにしている次男に
ダメとは言えなかった。もう帰ってきたら即、明日まで自室に監禁だ。

今日の受験校はE判定の難関校。多分無理と思いつつ、昨日の夜は眠れなかった。
次男の中学受験より親は楽だと思っていたけれど、最近、やっぱり受験は大変だと
痛感している。

公立高校を第一希望にしているけれど、希望校はこれまた合格率40パーセント未満の
難関校。ランクを落としたてもいいのではないかと親は思っているのだが、
本人はこのまま受けたいらしい。
夏休みに行った高校体験がその高校がとっても良かったらしい。
それならそれで、もうちょっと頑張らなくちゃいけないのだが、
割と本人呑気にしているし、見ているこっちがストレスたまる。

今週末は一気に私立高校の合否が分かる。
あー、大変だ。
しかも日曜日はバレーの試合。

2015年8月12日水曜日

やっぱり帰省は嬉しいよ

今回は、長男の受験で、私と次男だけの短い帰省!

しかし!やっぱり嬉しいよ。
これから、新幹線!

2015年2月21日土曜日

中学受験終了

中学受験が終わりました。
うちとは関係ないだろうと思っていた、年末年始のハチマキ巻いての「合格するぞー!」の掛け声しーの合宿に参加。

毎週末の入試。

合格鉛筆買いーの合格お守りを首から下げ、頑張りました。

「僕、頑張ってくるから」と言った次男にいつもとは違った一面を感じました。

受験を始めたきっかけとなった近所の中学は受かりました。

しかし、途中から、次男の成績が上昇し、さらなる上を目指すようになり、模試でも合格率、80%以上だった第1志望校には落ちてしまいました。

私も次男も受かると思っていただけに落胆は大きかった。次男もしばらく泣いてました。

でも、最後、気が緩み、油断していた結果だと。塾のトップ3が落ちて、その下の子達が受かった。受験は水もの。つくづくそう思いました。だから、最後まで、気を緩めてはいけなかった。

次男にも、この悔しさを忘れないで、これからの長い人生。この気持ちわ糧にして頑張ってと。そして、何も恥じることはない、誰しもが挑戦できる中学じゃなかったのに、あなたは、挑戦できた。難しい問題も沢山解いてがんばった。いい経験になったんだと。

当初の目標校に行きます。
歩いて5分。ぐうたらな私が早起きをしないで済むように神様が決めてくれたのだと思っています。

最後に。
2年間、使ったノート。
こんなに頑張った。
捨てようと束ねていて、涙が出ました。



2014年10月20日月曜日

水泳部ピタゴラスイッチ

長男が属する中学校の部活は水泳で、中学2年の長男を含める7人はみんなとても仲良し。部活後や週末にほとんど全員で遊んでいる。

みんなで、ピタゴラスイッチの装置を作って、ビデオにとって、秋の中学校文化祭で披露しようと、夏休みから制作活動をしていた。

ピタゴラスイッチの本をみんなでお金を出し合い買って、道具もホームセンターや100円ショップでこれまたみんなで買いそろい、夏の暑いさなか、部活が終わった午後に、
長い棒やら、段ボールやら、いろいろ抱えたみんなが自転車に乗って、うちに来たりしていた。私は彼らが大好きで、長男もいい友達に恵まれたなあと嬉しかった。

そして、夏休みの最終日、水泳部顧問の協力で、中学校の木工室を借りて、木の加工とかをして、仕上げたらしい。

久しぶりに今日、そういわれれば、文化祭でピタゴラスイッチやるの?と聞いてみると
長男が言いにくそうに「やるの、やめた。みんなで、出来上がった映像を見たら、
思ったより、大したことなかったから」と。

私も残念だなと思っていたら、長男が
「でも、楽しかったから、別にいいんだ」と笑顔で続けた。

私はその長男の顔を見て、「そうだね。思ったよりしょぼかったんだ。」と言ってみた。
そして、そうだよ、結果はどうであれ、みんなで何日間もかけて、自転車で集まって、
作り上げたものは、みんなの思い出として一生残る。楽しかったなら、それでいいんだ。
長男の言う通りなんだ。

幻に終わってしまって、水泳部以外のみんなは知らない幻のピタゴラスイッチ。
せめて、私の記憶とこのブログに刻み込みたいと書きました。

2014年10月19日日曜日

ダブルワークです

安い時給のコンビニは、3ヶ月でとっとと辞めて、週に2日の医療事務を見つけた。しかも、時給1000円で、初心者オッケー。

毎週水曜日の研究補助とのWワーク生活もはや4ヶ月を過ぎようとしている。

とっても楽しい。休みがちどけど、バレーも続けてるし、医療事務も休日救急診療後の事務だから、患者なしのお気楽仕事。

おもしろいおばさんとおしゃべりしながら、やっている。

仕事って楽しいなとつくづく思う。パソコンも私ごときくらいは、沢山いると思っていたけど、田舎だからか、ほとんど出来ない人もいるんだね。

やっぱり、独身時代10年間、働いてたことが、色々役に立ったわ。

2014年10月16日木曜日

先生ありがとう

今日は、定期的に行っている病院の診察でした。
大病をしてから、4年と3ヶ月。

いつも通り、触診してもらって、「○○さんは、最初に会ってから変わらないね」と
先生が言ったので、どういうことですか?と聞き返すと、「ほら、中には、太ったり
変わってしまう人もいるからね。あれから、もう4年と3ヶ月が過ぎたんだね。早いね」と話していたら、突然、
「僕、異動することになってね」と。
私は診察室だと言うのに、大きな声で「嘘ですよねー。えー、本当ですか?」と
言いながら頭の中で整理していた。
確かに先生はいつかは異動してしまうだろうとは思っていた。
とうとう、その時が来たんだ。
そうだ、異動先が近かったら、そっちに私も通えばいいかと思い始めていると、
見透かされたようなタイミングで先生が、
「栃木なんだよ。近かったら良かったけど、遠いからね」と。
もう、そのあたりから、涙がポロポロ出た。
告知された時からの色々なことが、なんか混ざり合って、頭の中がいっぱいになって。

そして、色々考えて、諦めて、「先生、ありがとうございました。お体に気をつけて、
頑張ってください」と何回か言った。
他にも色々と言いたかったけれど、言葉には出てこなかった。

最後まで診てもらいたかったけれど仕方ない。
医者という仕事は、本当に、人を救うという崇高な意思があってこそ、続けられる職業なんだと改めて思った。先生、栃木と言う後進県で、私みたいな人を救ってあげてください。

大病をわずらって、出会った、ほんとは会いたくない出会いだったけど、先生も四国の出身でなぜか愛知県へ就職して、私も結婚してなぜか愛知県に来てしまって、大病して
会った出会いだったけど、別れると知って、こんなに泣ける人は今までいなかった。
先生ともう会えないと考えるだけで涙が出てくるようなことは今までなかった。

それくらい、この闘病はやはり大変なものだった。そして、その闘病にはいつも先生がいてくれた。先生、ありがとう。


2014年9月30日火曜日

小学校最後の運動会

小学校6年生次男の運動会でした。

グラウンドでみんなで食べるお弁当もこれで最後。
小学校の運動会は賑やかでいいなとつくづく思う。

そして、最後のメインイベントは、組体操。

そこには、普段見られない次男の姿がありました。
頑張っている次男。

組体操っていいなあと、何回もビデオを見ながら思いました。
次男が、練習の時に、上に上る時下の子が支えてくれたとか話を聞いたりして
じーんとしました。

当日も組体操見ていて、泣きそうになりました。
少しずつ、手が離れて行ってしまう子供たち。
そして、いつまでも小さいと思っていた次男もこんなに成長したんだと感じさせられた
運動会のファイナルでした。

写真は一番上が次男。
ちびが報われた組体操でした。



2014年8月31日日曜日

次男の受験の夏は無事に終了

中学受験の夏休みは、何とかの戦いというほど重要らしい。
事実、塾の夏期講習も朝の9時30分から夕方4時までと缶詰。
そして、地元の塾に戻って、自習室で宿題。
最初の週は余裕をこいていたが、中盤からついていけなくなったのか、
先生から「人の2倍3倍やれ」と言われたからか、夜の9時30分までやることになった。

従って、私は、お弁当を1日に2回作らなくてはいけない。

そして、次男の体調が心配だった。

お盆と週末1日はお休みだったが、次男は1日も休まずに塾に行った。
正直、私自身のことも心配だったが、大丈夫だった。

Yちゃんが遊びに来てくれたり、仕事があったり、実家でリフレッシュできたりが
良かったと思う。

とにもかくにも、次男の受験生の夏は終わった。やれやれ。ほっとした。
来年は長男の高校受験の夏だわ。

プールサイドは気持ちがいい

今日は、長男が市内の水泳大会でした。
応援がてら、見に行ったのですが、今日は、曇り空で風も気持ちよく、
プールサイドで座って見ているのは気持ちよかったです。

そして、若者の元気な姿。パワーをもらいました。

長男は細いし、小さいしで、結果は残すことが出来ませんでしたが、私は充分です。
クロール100メートルと平泳ぎ100メートルとフリーリレーに出場しました。

チームメイトから長男に応援の歓声があがって嬉しかったです。結果はボチボチでしたが。

いいお友達に恵まれて良かったなあと思いました。
しかし、ほんとに気持ちよかった。競技用のプールサイド。

2014年8月25日月曜日

夏休みも終わったなあ

今年の夏休みは、いつもより、充実していたと感じる。

マカオ大学の留学生を受け入れた頃から始まり、フランスに住む友人が遊びに来てくれて、実家に帰ってからは、会いたい友達に会えて、満足!

Yとは、近所の川に行って、バーベキューしたり、台湾ラーメン食べたり、まったりできた。

Aとは、ブルーノートで、かっちょいいincognitoのライブにしびれた。

子供が、大きくなって来て、また、昔の友人とこうやってまた遊ぶことができるようになったんだな。

としみじみと思う。

2014年7月20日日曜日

落ちたつばめは、ダメでした

上手くいったかと思ったつばめの雛救出。しかし、あの後、また落ちていて、旦那が巣に戻しても、落とされ、長男の友達が戻しても落とされ、巣に戻すことは諦めてしまいました。

バッタを食べさせようとしても食べず、様子を見ていましたが、ひっそりと息を引き取りました。

ちょうど、心配していた近所の子供たちが見守る中で。

そのあと、次男と土に埋めました。

次男は、もう来年はつばめの巣は作って欲しくないと。もう、こんな悲しい思いはしたくないと言いました。

でも、残りの4羽は元気に巣立っていったんだよと。死んでしまった可愛いお目目のあの子の命も何か意味はあったはずだと私は思う。

そして、我が家の玄関先に残ったつばめの巣。寂しくもあり、嬉しくもあり。

複雑な気持ちのまま、掃除をしました。

2014年7月11日金曜日

つばめちゃんが落ちてた

バレーから帰って来たら、ツバメのヒナが一匹、落ちていた。
もう、体に毛が生えているし、もう巣立ちの時なのかなと様子を見ていたが、
お母さんツバメは心配そうに近くにいるけど、えさをあげている様子がない。

午後の間は様子を見ていたが、やっぱり、飛んでいる気配もなく弱っている気がして、
巣に戻すことにした。

インターネットで調べると弱いヒナが落とされるとか、人間の匂いがつくと
お母さんツバメが戻ってこなくなるとか書かれていたページもあったが、
戻してもちゃんとお母さんが餌をあげて、無事に育ちますと書いてあったページも
あり、助けることにしました。

軍手をはめて、こわごわとつかんで、無事に玄関上に戻しました。

今のところは、ちゃんと餌をもらえて、みんなと上手くやっています。


2014年7月8日火曜日

子供の存在

子供の寝顔を見ると、月並みだけど、ずっとずっと見ていたい、頭を撫でていたいと思う。

ずっとずっと一緒にいたい。見ていたい。だから、私は頑張らないといけない。

そして、悔いのない充実した生活を日々送らなくてはいけないとしみじみ思う。